ゆいまーる

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「ゆいまーる」4年目の春。

一年目。
なかなか時間に来ることが苦手だったり、心のいろいろがあり、
「舞岡公園に来ること」がまずステップでした。
二年目。
作業を田んぼの畦から見学。入ることには気持ちがすすみません。
三年目。
作業開始時間に来れることがふえてきました。田んぼにも入ってやってみました。

そして四年目。
畦の近くだけでなく、まんなかまで、自分からやるといい、やりとげました。

「こんなにできたよ〜」 「はいったー」 「できたー」
彼がそう、繰り返し繰り返し言うたびに、

皆が、「すごいね〜」とこたえます。


この何年かのあいだに、彼のこころのなかにはいろんなことがありました。
この「ゆいまーる」での3年間の様子は、そのまま彼のこころのなかのようでした。
そしてそんな彼にいつも寄り添うお母さんの姿がありました。

参加ができなかった度に、何度お母さんから「ごめんね」と言われたことか。。
「大丈夫、大丈夫」そうずっと応えてきました。

生きていれば、いろんなことがあります。
できたからいい、できなかったらわるいというわけではありません。
でも、ひとつ長くあった彼のこころのなかの葛藤をこえられることを信じて
この場処は、いつでも変わらずに、その気持ちに添うときめていました。
私と彼の長年の関係性で培った、
目に見えないかんじんを信じていたからこそかもしれません。


4年目の春。
田起こしをおえた彼は、いい顔をしていました。
その笑顔があれば、それだけでいい。
そんな気分になります。

繰り返し繰り返し言う(ちとくどいほどに言う (^_^) )彼に、
「すごいね〜」と応えるのは、私だけではありませんでした。
そのことが、私にとっては、この上なくうれしいことで、
感謝しきれないことです。
彼にとっても、お母さんや私だけではない、まわりにいる人たちと
共有できることがあり、みとめられ、こうして一緒に笑えることはとても大きいと思います。
そうして、私自身もまたこうした場処にいることを、必要としているのです。
それは、しょうがいがあるとかないとかに関係のないことなのです。

人の気持ちは、思いのほかまわりのたくさんの人に伝わり共感できるものなのだと思うと
その分だけなんだかあたたかな気持ちがやってきます。


これから先も、泣いたり笑ったり。
いろんなことがあるだろうけど、さいごには笑っていたい。
そのために、あるがままに、のんびり
そんなふうにあれる場処、瞬間が、この社会にたくさんあればいいと思いませんか。


写真は、畦に咲いていた花。「母子草(ハハコグサ)」   
 「まあ、お母さんとMくんの花みたいね」と、お母さん。
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3年目の春。のおはなしはコチラ→ 「積み重ねの日々に」2008.4
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by yuima-ru_tanbo | 2010-04-10 21:54 | 「ゆいまーる」にておもうこと