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田んぼと子ども 2010 〜原体験の風景〜

代かきの作業は、
子どもにとって、いちばん泥んこ、のびのびたのしい作業です。
田んぼのなかを歩くことも、立派な作業のひとつです。
道具を使わず、また田んぼを自由に歩き回れるのも、代かきならではです。


田んぼは、百姓しごと。
やるべきことはしっかりやり、実りのための細やかな技術もあることは事実です。
しかし、舞岡公園は
市民活動のための田んぼであり、谷戸の生きもののための田んぼでもあります。

田んぼコミュニティ「ゆいまーる」では、すべての作業を
参加する方たちができることをできるだけ、ということを大切にしたいと考えています。
子どもに対しても同じこと、なにごとも大切な経験です。

舞岡公園でも近年、子ども(親子)の参加がふえています。
「ゆいまーる」でも、親子で参加くださる新しい出逢いがこの春も続いています。


d0112350_21533465.jpg子どもの頃から、土に親しむことは
理屈ぬきに大切であると、私は考えます。

都市に暮らす人には、
土に親しむということは
日常の暮らしとは少し離れたものに
なっているかもしれません。
ベランダにはプランター、
土は培養土を買う、そんな時代です。

いろんな経験をして
自分の好きなことをみつけてほしい
ということ、


d0112350_2156249.jpgそして、乳幼児期については、
人格形成の基礎作りをする大切な時期であり、
重要な記憶は原体験によって育まれる
ということ。

原体験というのは、
その人の思想や価値観を形成するための
もととなる体験です。
風景=経験や情景が
そのまま記憶されることによって形成される
...のだそうです。

だからこそ、
子どもに田んぼを体験させたいという
ニーズも高いのかもしれません。

私は、なにより、人間は地球人。
大地から切り離しては
生きられないのだから...
そんな想いが根底にあります。


かくいう私も、子どもの頃から
母と、アサガオや、フウセンカズラの種まきを毎年していたし、
ミカンの葉に来るチョウチョの幼虫にじっとみていたりと、
生きものの記憶と両親の記憶は一緒にあります。
小さな野山のてっぺんにあった家だったので、いつも山のなかであそんでいました。
畑も大家さんがやっているのを手伝ったり、いちばんの記憶は、山歩きをたくさんしたことです。

Uターンではないけれど、今の田んぼの活動は、記憶へのUターンのようでもあります。


今は、お百姓さんの田んぼでも、機械化がされ、田んぼに足で立つ機会は少ないといいます。
舞岡公園の谷戸田は、昭和30年代の景観をという思いがあります。
昭和30年代に生まれていないのに、その風景を経験はしてはいないのに、
なぜか「懐かしい」と思うのはなぜでしょう。

先ほどの「地球人」の話ではないけれど、
人間には、緑と土のDNAが組み込まれているようにも思います。
ずっと人は、そうして生きてきた。


去年から親子で参加してくれている方が、感想を

「1歳ですでに農作業に参加している我が子の将来にも期待しています。
続けて参加すれば10才ですでに米作り歴10年ですものね」

と、寄せてくださいました。

私が田んぼに出会ったのは大人になってからです。
「原体験の風景」。自然がその風景のすべてというわけではないけれど、
現代という時代を生きる私たち。豊かで便利な社会。
いろいろな問題あれど、
こころを広く、自分らしく生きる「風景」への可能性が、
確かに此処にあると思うと、なんだか、つづく未来にわくわくもするのです。


2009の「田んぼと子ども」
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by yuima-ru_tanbo | 2010-05-15 13:00 | 「ゆいまーる」にておもうこと