ゆいまーる

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私 と MINAMATA

去年の春(だったかな?)、代々木公園のアースデイを散策していたとき、
黒い文字が印象的な、ブースがありました。
それが、「水俣病」「水俣フォーラム」との私の出会いでありました。
MINAMATAを伝える写真の数々がありました。
ふと見てみようと入った私でしたが、
患者さんの姿に、その実情が差し迫ってくるようでずっしりとした気持ちになりました。

しかし、ふと目に留まった写真が一枚ありました。
胎児性の水俣病の我が子が成人を迎え、家族、親戚が揃った記念写真でした。
振り袖を着て、抱きかかえた我が子を囲む、両親の笑顔、親戚中の笑顔、笑顔、笑顔。

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その写真に、じわーっと、人間のあたたかさのようなものを感じたのです。
そして、その感情のつながりを思いました。"みんな"のことです。
心を通わせること、人と人との接点が
「目にみえないかんじん」であり、「ほんとうのしあわせ」だと私は感じています。
そのことを私に教えてくれたのは、長年一緒に時間を過ごした
知的ハンディキャップがあるといわれるみんなでした。

知らない人は、「たいへんねぇ」という言葉を使うかもしれません。
たいへんなのには変わりないこともあることもきっと事実。
だけれど、心と心が添うこと(知ること)で、
自分の方がいろいろに心に壁を作っていたかもしれないということに気づく。
知ることからすべては始まる、そう思います。

水俣病は、ビニールなど現代の便利さを求めるなかで企業が引き起こした、
環境破壊であり、人、そして多くの生きものたちへの「いのちの問題」です。
そして、その便利さを享受しているのは私たち自身なのです。
そのいのちの問題に多大な被害を受けた水俣の方のこんな言葉があります。

「チッソ(有機水銀を海に流した加害企業)は、私であった」

私は、このことを知ったとき、MINAMATAが遠くの問題ではなく、
近代を生きる自分の問題なんだと思いました。
そして、MINAMATAを知る、考えることが、
この「ゆいまーる」の田んぼの活動にも、
自分のライフワーク(いのちの仕事)にも繋がっているのではないかなと、
今感じています。
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そうして... ご縁があって、
8月の「ゆいまーる」に、熊本から坂本しのぶさんが遊びに来てくれることになりました。
坂本しのぶさんは、胎児性の水俣病患者さんです。
彼女は、1972年のストックホルムで開かれた、
環境問題についての世界で初めての大規模な政府間会議である
"国連人間環境会議"に参加し、世界に水俣病を訴えました。
当時彼女は16歳。
その後の彼女の人生。そして今の想いを、
田んぼの作業をご一緒しながら、お聴きする時間を持てたらと思っています。
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by yuima-ru_tanbo | 2007-07-27 21:40 | 「ゆいまーる」にておもうこと