ゆいまーる

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田んぼの意味 その2


今回の「ゆいまーる」の脱穀作業は、古民家の前で行いました。
なんだかいい風景です♪

d0112350_21531183.jpg5月に
「人と人をつなぐ、
「結」としての田んぼの魅力を想います」...と、
「田んぼの意味」2007.5.30 に記しましたが、

手作業での脱穀の作業は、
人がおおぜい関わることでできるということを
近くで感じることが多い作業です。

稲穂をはずしたお米の周りに集まり、
ほんとに細かい作業なのです。た〜いへん!

今回の作業には、しょうがいのあるといわれるメンバーも参加してくれました。
農作業のおもしろいところは、誰にでもできることが作業がある、ということです。
そして、この作業は難しいかな...?と思われる作業でも、
隣で見守る、手を添えることで「できるよ!」と、
みんながみんなおんなじ作業を体験してみようとする素地が、
舞岡の田んぼに参加する人たちのなかに受け継がれています。

だから、しょうがいのあるといわれるみんなに対しても、
隣にいる人は、いわゆる「援助者」ではありません。
一緒に、その作業をその時間を愉しんでいる人です。

私が「援助者」であったというプロの視点であえていうなら、
いちばん大切なことは、その人なりに伝わる言葉(言語に限らない)をえらぶということ。


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こんなふうにみんなで、お米の周りに集まって、
ワイワイやるような作業のなかには、
みなさんのやりとりは自然とふえるものです。

隣にいる人に伝わるように伝え方を考えたり、
協力して作業しやすいようにしたりと、
自然とそんなふうになってゆくものです。

それは、上記に書いた「いちばん大切なこと」は、
じつは、協同作業には自然と必要になってくるもので、
しょうがいの有無に関わらず大切なことなのだと思うのです。

自分と他者(人であり、環境(生きものや植物など)であり)という存在に
思いを巡らせること。
人と人との接点にしあわせがある。
私はそんなふうに感じていて、
なにより、私にそれを教えてくれたのが、
しょうがいのあるといわれるみんなであり、田んぼのなかにあったという想いがあります。

「ゆいまーる」を"田んぼコミュニティ"とうたっているのは、そういった意味からです。


いろんな人たち、いろんな世代が集まれるということも、おもしろいなあと思います。
みんなでシートの上で食べるお弁当の時間には、
若い世代が知らない、体験などの話も出たりして、
それは驚きであるとともに、有意義な時間でもありました。

なにかとなにかを分かつことのない社会を。
ちいさなちいさな田んぼでも、
「かんじん」がたくさん育ってる。そんな「ゆいまーる」であれたらいいな。
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by yuima-ru_tanbo | 2007-10-31 21:54 | 「ゆいまーる」にておもうこと