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カテゴリ:「ゆいまーる」にておもうこと( 38 )

未来は僕らの手の中プロジェクト~選挙行こうぜ!~2013参院選

ごぶさたの更新です。

来たる7月21日(日)は、参議院選挙ですね。

田んぼコミュニティ「ゆいまーる」は、
湘南地域を中心とした、
「未来は僕らの手の中プロジェクト~選挙行こうぜ!~」のサポートショップに長年なっています。
投票所で、「投票証明書」をもらうと、
さまざまなサポートショップでのおたのしみをゲットできます。

今回の選挙は、原発問題、憲法改正、TPPと大きな問題を国民がジャッジする選挙です。

めんどくさいから、一票入れても何も変わらないから...
選挙の印象はあると思います。
私も、選挙権を持ってから、選挙に行くようになったのも30代になってからです。

自然のなか、そして田んぼにいると、
原発や、TPPのこれからに、とても危惧感を抱いています。
人は、自然を、自然からの恵みをないがしろにして生きてゆくことはできません。
もしかしたら、
大地から切り離された生活を過ごしていると、気づきにくい感覚かもしれません。

ぜひ、まずこの国の数々の政策について、自分なりの方向性を確認し、
毎日新聞ボートマッチ「えらぼーと」(便利でおすすめ)
選挙に行ってください。

投票証明書をもらって、ゆいまーるの田んぼに来てください。
(投票証明書提示で、ゆいまーる1回分ご招待です)
きっと、あしもとから大切なものが、伝わってくると思います。

「未来は僕らの手の中プロジェクト~選挙行こうぜ!~」

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by yuima-ru_tanbo | 2013-07-18 07:48 | 「ゆいまーる」にておもうこと

田んぼとカエル〜ふゆみずたんぼ〜の巻

舞岡公園の「舞の里だより」215号(4月中旬発行)の
「生きもの語り 第37回」を書きました。 

「ゆいまーる」の田んぼ、不耕田のはじめての冬。ふゆみずたんぼのおはなしです。

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第37回 「田んぼとカエル 〜ふゆみずたんぼ〜の巻」

〜草虫暦〜(二十四節気・七十二候)
穀雨 田畑に優しい春の雨が降り、葦の芽が顔を出す頃

今年はじめて担当することになった田んぼは、不耕田といって、稲刈り後に耕さない田んぼです。
冬は、水を張ることにしました(冬期湛水)。「ふゆみずたんぼ」と呼ばれる田んぼです。
冬も水をたたえることで、水生の生きものにも優しい田んぼをめざしています
(舞岡の田んぼは、谷戸田なこともあり、冬場水を抜いても完全には乾きません。
冬越しの生きものたちは、湿った土の中で過ごしています)。
冬の間中、湛水していることもあって、水が抜けていないかと田廻り多くしたのですが、
これが抜ける抜ける…
はじめての田んぼで、田廻りをすることで、水が抜けやすい場所など、
その田の「くせ」がわかってきたところで、もう春はすぐそこまで来ていました。
“田んぼに足音を聴かせるのも仕事だ”、昔のお百姓さんの言葉は趣深いです。
水が入ると、すぐに水のなかをクルクル泳ぎ回るミズスマシの仲間(と思われます)がいたりして、
その反応のはやさに、いつもながらに驚きます。
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あるカエルの話を聞いたことがあります。
それは、自分の生まれた田んぼにカエルは卵をうみにやってきて、
その年そこがもう水がない田んぼ(=田んぼをやめた)であったら、カエルは卵をうむのをやめて山に帰りまた一年待つ。そして翌年にまたその田んぼにやって来るというのです。
その年も水がなければまた山に帰るというのです。カエルの寿命を考えると、本当に一大事です。
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自分の生まれた田んぼに戻って来る、そして何年も卵をうまずに山に帰るというのは、
受け継ぐであろう命とひきかえになるわけで、にわかに信じ難い気もしますが、
生きものと、田んぼ(人の営み)は共同体なのだと感じます。
繰り返し繰り返しある人の営みの先にある奥深さを感じます。
そして、そうして広がる物語が在ることがあたたかな気持ちになります。
今年も舞岡公園の田植えの季節がやってきます。
カエルに此処はいつも在るよと、安心していてほしいですね。もうカエルの声も聴こえ始めました。
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…もうすぐ春かというまだ寒い時期に、田んぼに卵をうみにやってくるカエルもいます。
今年は、いい時期に水が抜けてしまっていて、ざんねんの我が田んぼでした。
来冬こそは、水をずっとたたえる「ふゆみずたんぼ」に。
そして、この田んぼ生まれではなくても、イイね!と思って、気まぐれカエルがやってきてくれる日がくるといいなと思っています。
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by yuima-ru_tanbo | 2013-05-13 01:07 | 「ゆいまーる」にておもうこと

ネットかけに想う 〜生きもの語り〜

舞岡公園の「舞の里だより」210号(10月中旬発行)の
「生きもの語り 第33回」を書きました。 
「ゆいまーる」で今回実施した、ネットかけについての思いです。

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第33回 「ネットかけに想う 〜秋津島 瑞穂の国〜の巻」

〜草虫暦〜(二十四節気・七十二候)
霜降 霜がはじめて降り始め、紅葉や蔦の葉が黄色く色づく頃


稲の小さな花が咲き、緑の穂が弧を描く9月のはじめ、ネットかけの作業をします。
ネットかけは、籾のなかが白いミルク(固まっていないでんぷん。甘くておいしい)の状態から黄金色に実る頃までの間を、スズメから籾を守るために行います。
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4月のおわり頃から、田んぼでみられるシオカラトンボ。
越冬幼虫が羽化し、成虫が田んぼに卵を産み、ヤゴが育ちます。
アキアカネ、ウスバキトンボ…トンボの多くは、田んぼで暮らしているのです。
9月の頃は、シオカラトンボのオスとメスのおつながりをよくみかけ、
田んぼに卵を生むために、稲穂の上を飛び回っています。
オスは縄張りを守るために大忙しです。

トンボの成虫の活動期と時を同じくして、ネットかけがあります。
舞岡公園で使用しているネットは、
トンボなどが抜けられる目の大きさのものを使用しています。
が、すっと上手に抜けてゆくトンボもいれば、
しばしばネットを出ようとして羽を傷めているトンボもいます。
ギンヤンマのような大きいトンボにとっては、より難儀なことになります。
そんな姿をみるにつけ、なんとかできないものかと思っていて、
今年のネットかけは、裾を止めないで上げておく実験をさせてもらいました。
田んぼの様子をみていると面白いことがみえてきました。
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30分弱、田んぼをみているだけでも、
シオカラトンボは、数え50頭程、田んぼのなかを行き来していました。
(田んぼ4辺のうち2辺で観察)。
トンボは稲穂の上を飛びまわり、田んぼの角から田んぼの外に抜けるものが多くいました。
ネットの裾が稲穂の高さにあると、裾を上げていることに気づかないトンボが現れ、
それはなぜだかメスに多くみられました。
そこで田んぼの角の部分のネットを他よりも(稲穂よりも)高めに裾を上げてみると、
ほとんどのトンボがスムーズに田んぼへの出入りをしていました。
高さや、場所がポイントのようです。
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ネットかけ肝心の、スズメに対してはどうだったかというと、
スズメの食跡とみられるものもありましたが、ネットの裾を止めた時とさほど変わらない状態でした。
これは今年の結果なので、この方法が良かったのかどうかはまだわかりません。
稲作と生きもの。いいバランスは何処にあるでしょう。
2年3年と続けて、様子をみれたらと思います。
その昔、日本は「秋津島 瑞穂の国」といいました(秋津は赤トンボのこと)。
トンボがスイスイと田んぼを行き交うのをみながら、とても和やかな気持ちになれた今年の秋のはじまりでした。
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by yuima-ru_tanbo | 2012-10-20 18:29 | 「ゆいまーる」にておもうこと

「稲刈り」に思うこと


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23番田んぼでの、はじめての稲刈りを迎えました。

ここ最近、例年思うことは、去年も書きましたが、
農というものは、そもそも「楽(らく)」ではないのです。
あそびでもなく、「仕事」「作業」として行うということの大切さです。

田植えから、ほぼ6ヶ月。
葉を伸ばし、花が咲き、実を結んで、この日を迎えた稲穂を、
片付けしごとではなく、ゆっくりと真摯に向き合いながら、稲刈りをしたい、
大げさにいうと、そんな面もちです。

私は、
舞岡公園は体験田ですが、農の所作として、
一人一人がしっかり作業を行うことは、大切なことだと考えています。

たいへんだからこそ、機械化がすすんだ現代の稲作のなかで、
今も、手仕事として残るこの田んぼの作業を、
「楽(らく)」ではなくとも「楽しみ」たい!
そんな気持ち。

今年も稲刈りをおえて、感じたことですが、
ゆいまーるの小さな田んぼは、一人が自給する分にはちょうどの広さで、
このくらいの大きさの田んぼであれば、一人で行える作業量としての動きは
まだまだいけるな、ということです。
そのなかに、集う人たちと、ゆったりしながら、たっぷりと作業をするというのは、
そこに、ひとりでは味わえない「楽しさ」「豊かさ」を届けてくれます。

今回、私は「結わき(まるく)」をしていましたが、
最後の方は手が痛くなりました。
でも、その痛みのなかには、「たいへんだったなあ」という実感と、
黙々と作業をするなかで得られる楽しさ、感謝があります。
作業をしていると、なんだか、ありがたみを感じてきます。
「食を得る」ということは、たいへんなことなのです。
田んぼは、やっぱり生きもの(稲も含めての生きもの)と自分が
つながることを実感する場所だなあと思います。
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稲刈りをおえ、不耕田であるこの23番田んぼは、
冬のあいだ生きものたちにかえします。
そのための準備は、ゆいまーるにとってはじめてのこと。
愉しみです。


と、その前に、2週間後の脱穀です。 (^_^)
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by yuima-ru_tanbo | 2012-10-13 13:53 | 「ゆいまーる」にておもうこと

田の草とりに想う 〜「生きもの語り」〜

舞岡公園の「舞の里だより」207号(7月中旬発行)の
「生きもの語り 第30回」を書きました。 田の草とりに思うことを書いています。

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第30回 「田の草とりに想う の巻」

〜草虫暦〜(二十四節気・七十二候)
大暑 桐の実が成り始め、土は湿って蒸し暑くなる頃

田んぼは草とりの季節。
腰をかがめて、稲のまわりの泥を手でかき回す。田の草とりは大変だという声もきかれますが、
私は田の草とりがいちばん好きな作業だったりします。
田んぼ(稲作)の醍醐味は、田植え、稲刈りではないのだと、ひとり思ったりもしながら。
それは、この時期、田廻りといって、
足音を田んぼに聴かせるように畦のまわりを歩くこともそうですが、
田の草とりは、温い田んぼのなかを歩き、一株一株、
そして稲の合間をよく見るしごとだからです。
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そうしていると、田んぼに水が張られて3日とないうちに活動を始めた、
泥の表面をユラユラと揺れているイトミミズたちや、忙しく動き回るミジンコや…
小さな小さな生きものたちが、
田んぼの泥の柔らかな表層を作っているのだということを実感します。

まだ小さな苗たちも、田植え後すくっと立ち上がり、
水面にはお日様の光が反射して、白い雲が映り込む。
にわか雨がふれば、水面に波紋が幾重にも広がって。
この風景のなかに、田んぼのなかに自分が在ることが、
田んぼのなかの稲をはじめ数多の生きものたちと繋がっているようで、心がほっとするのです。
田の草とりを、ただ稲にとって憎っくき草をやっつける、という作業の思いだと、
訪れない感覚だろうと思います。
田んぼは、単なる作業ではなく、人としての在り方なのだと思ったり。

田の草に貝が卵を産みつけ、藻のなかに小さなヤゴが暮らしていたりと、
田んぼのなかには、自然の摂理として、なにも無駄なものはないのだと思いながらも、
稲の成長のためにと田の草をとり、泥のなかに押し込めて、また肥やしとする。
稲のにぎわいと田んぼの生きもののにぎわいはそもそもイコールであると思いながら、
そのために人はどう手を入れたらよいのかを思い描いています。

のんびりと泥のなかに手を入れながら、
自分から遠ざかるオタマジャクシやアメンボに少し悪い気もしながら、
ふと後ろを振り返ると、私の歩いた足跡のなかにオタマジャクシが集まっていました。
少し水の流れが緩やかになる私の足跡のなかは、
オタマジャクシたちにとって心地良い場所のようでなによりです。

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by yuima-ru_tanbo | 2012-07-22 14:09 | 「ゆいまーる」にておもうこと

2012年のはじまりに寄せて

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2012年を迎えました。
あけましておめでとうございます。

田んぼは、朝早く行くと霜が下りていることも多くなり、
氷が張ったり、霜をうけた畦草がとても美しいです。


2011年は、3.11そして原発事故が起き、
田んぼ、そしてこの谷戸全体にも影響を様々に与えました。

そして、それは今も継続しています。
元旦の地震のあと、放射性セシウムの値は3月と同じ数値まで上がったという
情報があります。
収束宣言を出した政府やメディアは、セシウムの値が上がっても報道はされません。

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ひざを地面について、足もとの小さな美しい畦草をみながら、
人として、自然に対して、
これからの未来を、どういう姿勢をみせるべきかを思います。
2012年のゆいまーるの活動をどうするかを思います。


3.11以降、たくさんの情報を集め、現状を判断し、
すすめてきた方針は、今も変わりません。
事態は「収束」しているとは思いません。

ですが、神奈川県の此処での状況判断として、
「農」の営みは続けてゆくべきと考えます。

小さな子どもも安心して参加できる方法をより考えてゆきたいと思います。
作業をすべて行うということが、参加ということではありません。
「ゆいまーる」は、「そこに在ること」を何より大切にしてきました。

これから先、何年もの間、この放射能の問題は立ち塞がるものになります。
今現在の状況を、今現在で一番安心な方法を取りながら、すすめたいと思います。

今年も、ゆいまーるとして考えるこの状況下での指針をぶれずに、
作業を行ってゆきたいと思います。
そして、行動ひとつひとつに
皆での共通の理解をきちんとすすめていきたいと思います。


自然は、この愚かな人間がしたことをどう受けとめているのでしょうか。
自然に寄り添い、ゆいまーるに集う人たちと寄り添い、日々ありたいと思います。

今年もよろしくお願い致します。

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2012年の春より
田んぼを離れた「ゆいまーる」の子どもたち版といった想いで、
森のようちえん葉山「もりのわ」を立ち上げます。

「ゆいまーる」の想いをそのままに
またひとつ始めたいと思っています。

森のようちえん葉山「もりのわ」
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by yuima-ru_tanbo | 2012-01-06 20:59 | 「ゆいまーる」にておもうこと

舞岡公園の干し椎茸と草木灰の放射性セシウム検出について

11/4にテレビ等の舞岡公園の干し椎茸報道、及び11/11の草木灰報道について、
ご存知である方もあるかと思います。


干し椎茸について

11/4に、
「舞岡公園で栽培していたシイタケから基準値を上回るセシウムが検出されました」と報道されました。
http://yokohama-konan.info/kinoko3.html

11/5に舞岡公園に行き、詳細確認をとりましたので、
この場でもお知らせしたいと思います。

11/4に、テレビ、新聞で報道された値、
放射性セシウム2770ベクレル/kgというのは誤りでした。
この値は、横浜市の検査結果によるものですが、
舞岡公園で検査した値と大きな差があったため、
舞岡公園は横浜市に再検査を依頼しました。
横浜市は2回目の検査結果を、393ベクレル/kg と発表しました。
公園(会)の検査結果は290ベクレル/kg です。(検査機関が異なります)

公園は、横浜市に対して、報道の訂正を求めていますが、
横浜市からの説明はない状態です。

報道にある、2770ベクレル/kg というのは、このような経緯があり、誤りです。

日本の暫定基準値500ベクレル/kg からみれば、基準値以下ということになります。

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草木灰について

11/11に、
「横浜市の公園で加工・販売していた灰から、
放射性セシウム2651ベクレル/kgが検出された」という報道です。
http://www.news24.jp/articles/2011/11/11/07194323.html

これについては、詳細現在確認中です。

草木灰というのは、主にかまどで出た灰を、
畑で使用するものとして集めたもので、公園の剪定した木を燃やして作られています

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干し椎茸は、3.11を前後して収穫され、天日干ししたものです。
前後のものの区別はしておらず、
また3.11以降しばらくは天日干しを避けていたのを記憶しています。

「ゆいまーる」ではこの間に、2回炊き出しを行いました。
7月の炊き出しでは、私の判断で、干し椎茸は使用しませんでしたが、
9月の炊き出しの際に、状況把握が不十分だったため、
干し椎茸を使用していたことがわかりました。
私の配慮不足です。申し訳ありませんでした。ここに改めて、お詫び致します。


暫定基準値の500ベクレル/kg 以下だから、
「ただちに健康に影響はない」とか、「健康への影響は低い」ということは、
本当がわからないうちは、私は言いたくありません。


ここで、考えてみたいと思います。
公園と横浜市の検査では、横浜市の方が高い数値なので、
横浜市検査の393ベクレル/kg で考えます。


「ゆいまーる」では、3個の干し椎茸(10g程度)摂取したと思われます。
当日は、他のグループと合同の鍋になり、
大量に作ることになった(なってしまった)ので、
結果として50人前位の分量になりました。

393ベクレル/kg の干し椎茸10gを50人で食べたということになります。

10g÷50=0.2g(ひとりあたりの摂取量)

393:1000=x:0.2
1000x=78.6
x=0.0786ベクレル  

ひとりあたりの摂取量は、0.0786ベクレル ということになります。

ベクレル(Bq)、シーベルト(Sv)計算・換算ツール
を使って、シーベルト換算してみます。

横浜市の検査結果では、セシウム134か137かのデータがありません
(合算しているのだと思います)

ちなみに、公園(会)での検査結果は、
セシウム134が113ベクレル/kg、セシウム137が177ベクレル/kg で、
計290ベクレル/kg です。

会の検査結果のセシウム134と137の対比をそのまま、
横浜市の検査結果393ベクレル/kgに当てはめると、
セシウム134が153ベクレル/kg、セシウム137が240ベクレル/kg 程になります。

これで、再度換算ツールにしてみますと、

・セシウム134/0.0005814 μSv

・セシウム137/0.000624 μSv

合算すると、一人当たり摂取した干し椎茸のセシウム合計は、0.0012054 μSv
ということになります。


まだわかりにくいので、
ここから、一日に現在、どの位の被ばくがあるのかを考えます。

日本における年間自然放射線量は、1400μsv(マイクロシーベルト=1.4mSV)です
ちなみに、/h(アワー:1時間)に換算すると
=約0.16μSv/h(1/8760にする:24時間×365日)になります。
一日は、約0.16μSv/h×24(1日)=3.84μSv

現在の空間の放射線量(吸収線量)の平均値はだいたい、44nGy/hです。
(横須賀調べ)
※神奈川県で以前から放射線量を公表している場所は、
川崎と横須賀なので、横須賀にしました。
(3.11以前の通常値は、20〜30nGy/hなので、現在も1.5〜2倍の値です)

ナノグレイはわかりにくいので、シーベルト換算します。
100nGy/h(ナノグレイ毎時)≒0.08μSv/h(マイクロシーベルト毎時)なので、
44nGy/h≒0.0352μSv/h 

0.0352μSv/h ×24(1日)=0.8448μSv
今現在、一日に浴びている空間線量(外部被ばく)は、
0.8448μSv ということになります。
(実際は、24時間外にいるわけではないのでそれより低くくなるはずです)

今回の干し椎茸を食べたことによる、一日の被ばく量は、
0.8448μSv + 0.0012054μSv =0.8460054μSv となります。


次に、内部被ばくと外部被ばくを勘案すると、
自然放射線量の2/3は、内部被ばくと考えてみます。
内部被ばくは、呼吸や食べ物での体に取り込む分です。
実際には、空間線量の2/3分(0.5632 μSv)を、さらに足してあげると安心です。

0.8448μSv + 0.0012054μSv + 0.5632 μSv = 1.4092054 μSv

今回の干し椎茸を食べたときの、一日の放射線被ばく量総量は、
1.4092054 μSv になります。



年間自然放射線量おける、一日の最大値は、3.84μSv なので、
今回の干し椎茸を食べても、
年間自然放射線量(3.11以前にも自然に浴びている放射線量)よりも
下回っているということが、これでわかります。
これで、いくらか安心といえることが、数値からわかります。

ですが、半減期の問題で、
セシウム134 は 2.06年、セシウム137 は 30.0年になります。

単純にいえば、0.0005814 μSvが2年、0.000624 μSvが30年、
日々身体の中に残るということになります。
いくら低い数値とはいえ、身体の中に取り込まないようにすることが
望ましいことには変わりはありません。


ちなみに2009年度(3.11以前)の横須賀市の土壌のセシウム137年間平均値は、
4.6ベクレル/kg だそうです。
今回のことについて、安心といえることはありますが、
393ベクレル/kg という数値からみても、
いかに3.11以前と変わってしまった世界であるかがわかります。

ーーーーーーーーーーーーーー

さいごに、「じゃあ、舞岡公園は安全なの?」ということですが、

横浜市が9/27に計測した舞岡公園の空間線量は、
0.06〜0.07μSvでした。

この値は、現在横浜市から発表のある横浜市内の公園15ヵ所のなかで、
最大値が0.07μSvというのは、一番低い数値です。

ですが、ナノグレイ換算してみてみると 87.5nGy/h になります。
よって、舞岡公園は、横須賀の値と比べれば、だいぶ高めであることがわかります。

場所によっては、0.1μSv/h 以上になる場所も計測されています。
年間自然放射線量からすると、約0.16μSv/h 以下が好ましいし、
これは食べ物摂取などの内部被ばくのことは、勘案されていません。
高い値の場所を避け、日中、数時間過ごすという分には問題はないですが、
そこに24時間いるとした場合には、トータル的に考えると、
年間自然放射線量いっぱいということになる範囲かと思います。


なお、計算式がややこしくなるので、ここにはのせませんが、
舞岡公園の空間線量 0.07μSv/hで、一日中いた場合、
外部被ばく、内部被ばく量も勘案して、干し椎茸を摂取した場合でも、
年間自然放射線量おける許容量からみた、一日の最大値3.84μSv は超えません。


日本における年間自然放射線量は、1400μsv(約0.16μSv/h)
(世界では、2400μSv(0.27μSv/h))
一年間に浴びてよい放射線量は、1000μSv(1mSv)といわれています。
ですが、今回は、あくまで自然放射線量から考えることにしました。

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椎茸のこと、草木灰のこと

私たちはこれから、もっと、この原発事故がもたらしたもの
目にみえない放射能ことを身に詰まされる思いで、考えなければなりません。

「ゆいまーる」でも心して、考えてゆきたいと思います。


今回の検査では、他に野菜類は不検出、
玄米は、セシウム134が6ベクレル/kg、セシウム137が7ベクレル/kg で、
計13ベクレル/kg という結果が出ています。

椎茸(キノコ)は、森林の生態系での物質循環に重要な役割をはたしていて、
放射性セシウムを濃縮するということが、
チェルノブイリ以降明らかになってきました。
キノコは、いちばん、森のなかで敏感な存在で、
人間が生み出した毒を受けとめてしまったのだと思います。

この事実に、人は自然に対して、
これからの未来を、どういう姿勢をみせるべきでしょうか。
すべての人が考えなくてはいけない大きな問題であることを
身にしみて感じています。
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by yuima-ru_tanbo | 2011-11-14 00:06 | 「ゆいまーる」にておもうこと

木霊(こだま)


今年の案山子まつり

今年作る案山子は、自然への畏怖、
そして人と自然との繋がりを意識するものにしたいと、ずっと思っていました。

東電原発事故という、
自然に対して、取り返しのつかないことをした人間に対して、
自然はただただ受けとめるしかなく、自然はどう思っているんだろうと思うと、
怒っている、悲しんでいる、哀れんでいるだろうと、私は感じます。

けれど、自然の営みは絶えずして、その営みのなかで、
人間の生み出した毒を浄化してくれるのもまた、
多くの生きものたちであることは、まぎれない事実であり、
目にみえないような小さな生きものたちから、大きな犠牲を払わされることになるのだろうと思います。
生きものたちには、何の罪もないのに。

今、「落葉は、土は、汚れているから」という言葉をよく聞きますが、
私はその言葉を使うことに躊躇します。
「汚したのは人間だ(汚れているのは人間だ)」ということを、
決して忘れてはいけないと思います。


ということで、
今年の案山子は、「木霊(こだま)」です。
木霊は、木の精霊。

木霊を思うとき、素敵な絵本があるので、ご紹介しますね。
「森の木」川端誠 (いいサイトがみつからなかったので、アマゾンで失礼)


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さて、
いつもゆるゆるなイメージを
私から伝えられる
ゆいまーるのみなさん。

今年は、なんとも手際良く、
案山子作りが進んでゆきました。
すごい、すごい。

なんと、今日一日で完成!


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竹のまわりに藁をつけて、木を。
竹で作った
丸い球(地球)のなかに、
木霊がいます。


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風に揺れると
竹の風鈴の心地良い音がします。


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木霊の口は、大きなお口。


木霊。
副題は、
「民よ、森の声を聴け」 です。



恒例のゆいまーる案山子クロニクル

2007「ゆいまーる君」
d0112350_22185413.jpg2008「風の又三郎」
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2009「だいだらぼっち」  2010「ヤマタノオロチ」
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by yuima-ru_tanbo | 2011-09-11 16:30 | 「ゆいまーる」にておもうこと

今年もありがとう

今年は、特に始まりが遅くなったり、中止になったり、延期になったりと、
変化に富んだ日々ですが、
今年も変わらず、「ゆいまーる」にご参加くださり、感謝です。

田んぼの活動に参加できない方も、
今までのつながりで「ゆいまーる通信」を受け取って下さっている方は大勢います。
本当に有り難いことです。ありがとうございます。

そして、また新しいつながりも生まれています。

今年も、私の良き友人Nくんが、田植えに参加することができました。
今年はお母さんも、田んぼたびをはいて、2人3脚の田植えでした。

舞岡公園の駐車場から田んぼに来るまで、田植えをするまで、
田んぼのなかに入るまで、と年々自ら、動いていっていることを
Nくん自身もわかっていて、「今年はいっぱい植えたな」と言っていました。

彼は、今日の田植えに参加できなかったメンバーの顔を覚えていて
「いないね、お姉さん」と言っていました。


なにごとも、続けているからこそなのだ、と最近よく思うことがあります。
私たちが此処にいることを、田んぼはいつも待ってくれている気がします。


今年も植えたね。ごくろうさま。稲の成長がたのしみだね。
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by yuima-ru_tanbo | 2011-06-12 17:23 | 「ゆいまーる」にておもうこと

今おもうこと

今年は、田起こし自体も、
もともと4月から延期をしていたので(そして雨天中止)、
田んぼに水を入れる時期も遅くなりました。

今年は、カエルくんがゆいまる田に来ることが少ない予感がします。
(シュレーゲルアオガエルの産卵時期との関係で)
田起こしをしないことで、今までにはみられなかった、畦草もみられています。
その時期、その時期で、生きものの「適宜」があるのだと改めて感じています。

季節はどんどん確実に緑の夏へ向かっていて、生きものの息吹を感じます。
今は、そんなこの舞岡公園の景色に、心なぐさめられるような気分で...
今年も田んぼと向き合う日々を迎えようとしています。

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どうぞ、無理せず、ご参加下さい。
いいお天気の日に、田んぼに集いながら、気持ちを持ちあいましょう。

自分の気持ちが言えること、なにも否定されずにいられることが、
今は何より大事だと思えます。
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by yuima-ru_tanbo | 2011-05-25 20:19 | 「ゆいまーる」にておもうこと