ゆいまーる

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カテゴリ:「ゆいまーる」にておもうこと( 38 )

パーマカルチャーと田んぼ 〜自然へのまなざし〜


「パーマカルチャー」という言葉と出会って何年経っただろう。
年数回のワークショップに参加した後、
もっと本質を知りたいと2年かけてコースを受講し、
NZのレインボーバレーファームでその実践にふれ、心躍った。
現在は、田んぼの講師や子どものプログラムを少し。

(4月は、パーマカルチャーの受講生の方が参加してくれました。ありがとう♪)


「パーマカルチャー」ってなに?
といえば、
持続可能な社会に向けての(人の)作法。
植物や生きもの、建築、エネルギー、コミュニケーション...
多様な要素を活かした生活スタイルのデザイン。

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「ゆいまーる」の活動のなかで、
田んぼのなかで、
パーマカルチャーの視点は
常に意識をしています。

オーストラリア、ニュージーランドで
盛んなパーマカルチャー。

田んぼはアジアを中心とした文化。
日本人の主食の米。田んぼ。
田んぼのなかのパーマカルチャーデザイン。

舞岡公園の自然を保全する田んぼで、
植物と生きものと、
そして人の営みとしての田んぼ。

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田んぼを巡る植物や生きものを知り、
それぞれの関係性をよく観察することで、
みえてくる世界、それを活かしてゆく
田んぼのデザインは、
より、人にとっても、自然にとっても
心地よいつながりを生むはずです。

今年も年に一度しか体感できない
今という時間(季節)を、愉しみながら、
自然へのまなざしを
ふかめていけたらと思います。
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by yuima-ru_tanbo | 2009-04-18 16:41 | 「ゆいまーる」にておもうこと

田んぼと子ども


春、あたらしい出会いが訪れました。
親子で参加してくれました。
情報を発信していることの、大切さも感じた出逢いです。

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リラックスした様子のベイビーちゃん。1歳。
その朗らかさが
「ゆいまーる」の存在意味を物語るようでした。

お母さん、そしてパパの
子どもの心に添う毎日が、
沁み出ているように感じました。

泥んこもイヤイヤをせず、
好奇心いっぱい。

お母さんが田起こしをするなか、
別なお母さんが抱っこして畦道をおさんぽ。
「ゆいまーる」の助っ人のおじさまたちも次々に抱っこ。
しょうがいのある彼も、優しく語りかけていました。

いろんな世代が集う田んぼ。
誰かが誰かといることで生まれる空気感。
それがまた新しい風を生んでくれる。

そして、
子どもの頃から、土に、自然に親しむことのかんじんさを思います。

子どもたちが大人になっても、この景色が在ることを願って。
おおげさかもしれないけれど、
生まれ来る子どもたちのために、そしてたくさんの植物や生きものたちのために
そのいのちのにぎわいの、人と自然のつながりのために。
この田んぼはあるのだと思います。
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d0112350_18582225.jpg小さな子どもにとって田んぼは、
ちとまだむずかしいかな?
そんな思いを改めて、
考え直す一日でした。
田んぼの可能性が
またまた広がる思いです。


堆肥場で刈った草を
ふみふみしているところ
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by yuima-ru_tanbo | 2009-04-18 15:50 | 「ゆいまーる」にておもうこと

積みかさねの日々に

作業まえ、自己紹介をしていると
「おはようございます〜」聞き覚えのある声。

!!!

彼は、ゆいまーるが始まって、初の作業始まりからの参加をしてくれました。
思えば...
舞岡公園は、来るまで(帰り道も)に上り坂で、
彼は体力的にも大変なところがあり、
公園に入る前の広場に散歩に何度か訪れ、この場所に慣れて...
ということをお母さんとしてくれていました。
時間に合わせて、ということも苦手な彼が、
朝早く起きて、公園の坂を下り、来ることができた。

田んぼも入ることを好まなかった彼が、
着替えもちゃんと用意して、作業に参加。

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彼の持ち前の、人なつっこさが、場を和ませてくれます。
彼なりに、田んぼを楽しんでくれたようです。

ああ、いいなあ。
うれしい想いがしました。今までがんばったね。
この日がきて、よかった。

「ゆいまーる」の活動がいつもこの場所であり、
いつでも個人個人のペースで参加できること。
大切にできたらと思います。
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by yuima-ru_tanbo | 2009-04-18 14:21 | 「ゆいまーる」にておもうこと

天気予報の気になる暮らし 晴耕雨読

「ゆいまーる」は、田んぼの活動をしています。
あたりまえですが、
自然の移り変わりへの気づきや、天気の予報を気にするようになりました。
植物や生きものたちのうごきは、ほんとうに不思議で、
四季がある日本の美しさ、すばらしさを思います。
田のしごとも、この畦草をみつけたら...とか
いろいろにつながりがある、田暦を感じます。

晴れの日は田畑を耕し、雨の日には本を読む
「農」の晴耕雨読の暮らしが、自然とそのままにあるかたちだったのだと
改めて感じます。
雨の日もだいじな日。
そんな「晴耕雨読」の暮らしにあこがれも持っています。
(将来「農」ある暮らしにより近づいたときには、ぜひそんな思いでいたいです)

ゆいまーるの作業は月に1回で、みんなが集う日なので、
(舞岡公園でいう市民活動)天気は気が気じゃなかったりします。
いろいろな人が集いやすいように、
できるだけ作業のしやすい場を(天候も含め)と思っています。
晴耕雨読とはすべていかないにせよ、自然にまかせたい気持ちも持ちながら...
決断することのむずかしさを感じたりしながら...

だから、作業のある週の天気予報は、どきどきしながらいます。
「天気」がということもありますが、「天気予報」がというのが、
人が集う活動たるゆえかもしれませんね。

「明日天気になあれ」 そう思いながら。
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by yuima-ru_tanbo | 2009-02-15 20:45 | 「ゆいまーる」にておもうこと

寒中お見舞い申し上げます 「結い回ること。パレスチナ」


寒中お見舞い申し上げます。
今年もよろしくお願いいたします。
2009年、皆様にとって幸多き年となるようお祈り申し上げます。

年末年始、イスラエルのパレスチナ、ガザへの攻撃が続いています。
数年前にメディアリテラシーの講座を受講しました。
それは、自分のヴィジョンをどう表現するかということを
考えていたときに、リテラシーを学んだ方が良いと思ったからです。
(リテラシー=読み書き能力。識字能力)
(メディアリテラシー=情報メディアを読み解いて、その真偽を見抜き、活用する能力)

メディアリテラシーを学んだ後、この「ゆいまーる」は出来ました。

その際、その講座を主宰していたのが、
長年戦争を追いつづけてきたジャーナリストの方だったので、
パレスチナ問題にふれました。
それまで、私はなんとなくイスラムはこわい、そう思っていました。

イスラエルとパレスチナ。
現在に至るまでの有史の事実を知り、
そして私が思ったことは、やはりイスラエルのやり方を肯定はできないということです。

けれど、世界の情勢を知るたびに、
遠い国の出来事、自分にできることはそこにあるのかな...
なんとなくそんな感覚がどこかにあったと思います。

大きく自分のなかで変わったように思うのは、
私は田んぼに触れて、わかったことです。
田んぼで、小さな生きものや、植物たちのなかで
人も自然もなにもかも「結い回る」という感覚ははっきりと足元から体感し、
感覚が冴えるというか、はっきりみえるという感覚があります。
(大げさでしょうか(笑))


「農民芸術概論綱要」のなかで宮澤賢治は、
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

”自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する”
”新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである”
といっています。


ゆいまーるの趣意書にも書かせていただいていることですが、
自分と他者の存在につながりを感じることで、
その問題を、「関係ナイヨ」と切り離さない感覚が生まれるのだと感じます。
そして、それは、
自分と他者とのつながりのなかで心と心とのやりとり
(「目にみえないかんじん」というものだと思います)の先にある
自分が大切にする、他者から自分が大切にされるということで、
その想いをいろいろにシフトするのではないかと思います。
(私はそれを「絶対的な安心感」だと感じています)

先に記した、賢治の言葉も、そんな想いの先にあるのではないかと思います。


さて、パレスチナのことに話を戻しますが、
私はそのパレスチナ問題の学び、情報を集めるなかで、
自分の暮らしとパレスチナが繋がっているということを知りました。
(世界は個人と必ずつながっているのですけれど)
それは日常生活のそこここにありました。それを知ったときは衝撃でした。
私の生活のなかにイスラエルとの関わりがあったのだから。
そのすべてを断つことはできない。
豊かで便利な生活を享受するニホン人、
そして、大国を後ろだてにあるこの国には真実の情報、報道は伝わりにくい。

イスラエルがなぜあんなに軍事力を持っているのか、
莫大なお金の流れがあるからです。そのお金、どこから来ているの?ということ。
そして、アメリカがイスラエルを支援し続ける理由。

知ることで、モノなら選ぶことができる。
そんな思いで、以下のことを転載したいと思います。

たとえば、
スターバックスでコーヒーを飲むことが、どういうことにつながるのか。
自分の行動を知る、考えることが必要に思います。

注意深くお金を使うために
主なイスラエルの支援企業をあげてみると...
・スターバックス
(・サザビー)
(・アフターヌーンティ)
(・アニエスベー)
・マクドナルド
・コカコーラ
・ネスレ
・エスティローダー
・インテル
・マイクロソフト
・アイ・ビー・エム
・ディズニー

イスラエルの経済に大いに貢献している企業
・ダノン(関連:カルピスと味の素)
 (ミネラルウォーター エヴィアン)
・ロレアル
 (ポロラルフローレン)
・サラ・リー
 (ヘインズ、チャンピオン)
・ジョンソン&ジョンソン
 (ワンデーアキュビュー)
・ノキア


不買運動を、というわけではないのです。
けれど、知っているのと知らないのとではまったく違うと思います。

スタバはしょうがいのある人たちの雇用もすすんでいて、
絵も飾ってあったり、商品化したり素敵です。ソファだって心地よい。
プラスとマイナス。
だけど、この事実は大きい。

例えば、パソコン。
私のパソコンは、"インテル入ってる?" です。
いろいろ回避して使うことはたいへんな労力のいることです。

ディズニーランドは果たして夢の国なのでしょうか?...


豊かで便利な生活を享受する私たちの暮らしのなかに
たくさんの問題があることがわかります。

遠い国でもちゃんと繋がれる。
想像し、創造できる未来がいい。

結い回ることに、自覚と自律を。
そして、よろこびを。


ガザ封鎖の解除を求める署名を呼びかけます
企画者:NPO法人パレスチナ子どものキャンペーン
提出先:日本国政府

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by yuima-ru_tanbo | 2009-01-07 11:54 | 「ゆいまーる」にておもうこと

風の又三郎 〜宮澤賢治、その世界〜

今年のゆいまーるの案山子は、
宮澤賢治の「風の又三郎」。

案山子を立てて、一週間。
台風一過の青い空。白い雲がとてもきれいです。
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 どっどど どどうど どどうどどどう
 風はどっこどっこ又三郎

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立春から数えて
二百十日の風に乗ってやってきて、
二百二十日の風とともに消えた
(9月1日〜9月11日)

不思議な少年、風の又三郎。

子どもの頃、
読んだ不思議な物語。観た映画。
あの風の記憶。嵐の記憶。

台風も過ぎて、青い空のみえる今日。


宮澤賢治は、私の好きな作家。人物です。
詩人であり、作家であり。そして「農」に造詣が深く、教育者でもありました。

小学校の国語の教科書に、
「クラムボンはぷかぷかわらったよ」「クラムボンは死んだよ...」と
童話「やまなし」は、私の記憶に強烈に残っています。

「風の又三郎」の不思議な感覚もとても好きです。
この季節の台風、強い雨風。いつも思い出すのがこのお話です。

福祉施設に勤めていた頃、
「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」というお話に出逢いました。
主人公虔十は、ハンディキャップのある人物と想像できます。
虔十がコツコツ植えた杉の木が、時が過ぎ、周りが町に変わるなか、
美しい景観の林となり、子どもたちが訪れ、人々の心に懐かしさをたたえる公園になる。
というお話です。

その中の一節に、
「あゝ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。」とあります。
”全く誰が賢く、誰か賢くないかはわからない”
その強く、潔いメッセージがこの物語に込められています。

インターネット上でお話を読むことができます。短編なのですぐ読めます。ぜひ。
青空文庫 「虔十公園林」

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そして、「農」。
「農民芸術概論綱要」のなかで賢治は、

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」といっています。

”自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する”
”新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである”


賢治の言葉のなかに、「農」への想いと、生き方への想いが広がります。
すっと、「ゆいまーる」にもつながるような気がしていました。
そんな想いもありまして。

今年のゆいまーるのかかしは、「風の又三郎」。
宮澤賢治へのオマージュの意をこめて。

しあわせは、足元にあるような気がします。
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by yuima-ru_tanbo | 2008-09-20 13:19 | 「ゆいまーる」にておもうこと

二年めの田植えとともに

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田んぼコミュニティ「ゆいまーる」は、
人と人のあいだ、人と自然のあいだを、田んぼの活動を通じて結べたらという
想いのもと、始めた小さなコミュニティです。

それぞれの自分のペースをだいじに。
なにかを伝えることを言葉ではなくできたらと思っています。


「ゆいまーる」2年めの田植え。
私がずっと親しくさせてもらってきた、
しょうがいのあるメンバーも田植えに参加してくれました。

彼がこうして田植えに参加できるまで1年かかりました。
いろんなこころのなかのこと。
谷戸の田んぼであることでの道のりのこと。

彼のお母さんは、なんどもなんども公園に足をはこび、そのお散歩を重ね、
彼もそのこころを重ねたうえで、
今日の田植えのはこびになりました。

谷戸の田んぼ。
文字通り、そのひと山を愉しんでこえてきてくれたことに、感謝です。

そんなひとりひとりのペースに添える「ゆいまーる」でありたいと思っています。

そして、そんなひとりひとりをむかえる
「ゆいまーる」のスタッフや、参加のみなさんの心持ちに感謝です。
私だけ創ろうとして創れる雰囲気ではありません。
そこにいるおひとりおひとりの持つものが、合わさってなす心地よさを感じます。

それは、故意になにかしようと思ってできるものでもありません。
頑張ろうとして得られるものでもありません。
気張らないことがだいじなのだろうと思います。
田んぼ(自然のなか)であることが、「自然に」その「間」をつくってくれる気がします。


田植えは一年にいちどのこと。
農作業のそれは、どの作業も、一年にいちどの経験の積み重ね。
「田植え」はそのなかでも大きな意味を持つ作業です。
その内容もそうですが、
「自分が植えたんだ」「自分が関わっている」ということが実感できるものだと感じます。

参加した彼やお母さんに、他の「ゆいまーる」のみなさんに、
また、今年も無事に田植えができたことを感謝しながら。
そして、また、人伝えでつながってゆくみなさんに、
自然と「目にみえないかんじん」がひろがるように。


今日植えた苗が、青々とした谷戸の自然が、そして迎える豊かな実りとともに、
たくさんのことを人のこころに感じさせてくれるはずです。
そのなかにある、たくさんのことが、
私は、
ちいちゃな田んぼのフィールドを越えて広がる大切ななにかのように思えてならないのです
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by yuima-ru_tanbo | 2008-06-06 15:36 | 「ゆいまーる」にておもうこと

あなたがいること

3月。
2007年度、「ゆいまーる」一年めの締めくくりを飾るお餅つき。

お餅つきは、みーんな杵を持って、お餅をつかないといけません!!
私は、そんな気持ちにさせるお餅つきが大好きです。
あなたもわたしも、お餅つき。

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「ヨイショー、ヨイショー」
かけ声は、Nくんが。
お餅つきをみていた他のゆいまるメンバーも、
(なんだかハッとして)その声に合わせて、「ヨイショー」。

さあ、自分の出番!と、
つばをペッペと手にするしぐさをして、張り切るAくん。

思わず、可笑しくて、そんな姿が微笑ましくて。うれしくて。
うるうるっとしました。

しょうがいのあるといわれるみんなの持っている才能のようなものを、
私はこんなときに想うのです。

おいしいをおいしいと。うれしいをうれしいと。
イヤなものはイヤだと(笑)。
そんなふうに心を素直に。

彼らのそんな才能にさそわれるように、
その場面に笑顔がふえて。

「ゆいまーる」は、しょうがいの有無関係なく、同じ立場で。
いろんな目的の人たちが集まって、
田んぼの作業を通して、言葉ではなく行動で、
それを体感してゆく場でありたいと願っています。

なんにも分かつことのない社会へ。
私はそれが、「ほんとうのしあわせ」であると信じています。

「しょうがいは私たち自身の心のなかにある」ということを、理解するカギは、
自分を大切にするように、相手を大切に思えることから始まります。
そして、そのすべてのはじまりは、きっとまた、
誰かが自分を大切にしてくれるって実感からなのだと思います。
だから、「お互いに結い回る」ことがキーワードです。

あなたがここにいること。
唯一無二のあなたがいることを。
想っていたいと思います。

だって、誰だって、あなたが必要って思われていたい。
「ゆいまーる」は、みんながみんな、
唯一無二のあなたが必要です。

田んぼってすごいね。
みんなってすごいね。


一年間の結びとして。
田んぼコミュニティ「ゆいまーる」 (ゆきんこ)
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by yuima-ru_tanbo | 2008-03-31 15:49 | 「ゆいまーる」にておもうこと

いつもそこに在ること。いつもここに居ること。

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とてもうれしかった瞬間がありました。
それは、
しょうがいのあるAくんが、かけ足で、田んぼに向かっていったこと。

うしろから歩いてゆく、私と、Aくんのお母さん。
かけって、遠く小さくなってゆくAくんの後ろ姿を、
「転ばないように」って、心のなかで思いながら。
ちょっとドキドキしながらも、私もお母さんも走って追いかけることはしません。

Aくんが「この場所がゆいまーるの田んぼだ」と、ちゃんとわかって、かけてゆく。

そんな小さな出来事が、こんなにも心をあたたかな気持ちにさせてくれる。
「かんじん」が此処にあると思う瞬間。

「ゆいまーる」の田んぼは、16番。
一年間ずっと変わらない。

「ゆいまーる」をやりたいと、舞岡公園の事務局にお願いをしたときに、
しょうがいのあるみんながいること、
そして毎回いろいろな人たちが来れるようにしたいという理由から、
田んぼの場所を、
小谷戸の里(事務所)に近いこと、お手洗いに近いこと、
休憩しやすい場所をとお願いしました。
事務局で、田んぼの配置を決めるとき、「ゆいまーる」を優先的に考慮してくれました。

いつもそこに在ること。

2008年度も、「ゆいまーる」は変わらず、16番田んぼになります。
積み重ねを大切にしたいと思います。

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Aくんのかけっていったその先には、「ゆいまーる」の田んぼ。
そして、彼を迎える「ゆいまーる」のメンバーがいます。
彼のかけってきた様子は、メンバーのみんなの笑顔をさそいます。

Aくんは、去年の春、「ゆいまーる」を始めたとき、
1年ぶりくらいの私の顔をみるなり、ハイタッチで挨拶をしてくれました。
(ああ、あのときもとってもうれしかったなあ)

今では、私でなく、「ゆいまーる」のメンバーにハイタッチ。
そのことがうれしい。

いつもここに居ること。

同じ時を一緒に過ごす。
コミュニケーションがどんどんふえる。
ふえればふえるふだけ、笑顔がふえる。

そんな「ゆいまーる」でありたいと思います。


一年間の結びとして。
田んぼコミュニティ「ゆいまーる」 (ゆきんこ)
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by yuima-ru_tanbo | 2008-03-31 15:09 | 「ゆいまーる」にておもうこと

世代はチャンプルーがいい

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「ゆいまーる」に参加いただいた方たちの感想の多くに、
いろんな世代、いろんな人たちと一緒に作業をすることが印象的という
感想を多くもらった気がします。

私もまったく同感です。

田んぼに出逢うまで、私は組織のなかにいて、
それは世代はいろいろではあるかもしれないけど、上下関係がありました。

「ゆいまーる」では、
指導員さんを始め、「ゆいまーる」を応援してくれるみなさんがいます。
私の年の20コくらい(?)上の世代の皆様方。(私、サバよんだ??)
人生の先輩方。
それぞれの人生経験に触れる瞬間があったり、
人へのゆとりある対応に、懐の大きさを感じたり。

田んぼのなかで愉しみながら、自発的にうごくなかでは、
先の上下関係なんてものはありません。
おんなじ立場で、フィールドに立つ。共有する心地よさ。
だけど、その所作を感じながら、自然に敬う人間関係。
そして、おんなじ立場といいながらも、
若い世代の私たちはやっぱり甘えながら、その居心地のよさを感じています。

ふと耳にする、自分たちの世代の知らないことに驚いたり。
まだまだ人生の先輩方に教えてもらうことは、たくさん。

そして、3月のお餅つきには、
「ゆいまーる初」の子どもの参加がありました。
うれしかったなあ〜。
各世代揃いぶみ、ああ、素敵♪

田んぼ、「農」のなかには、
いろんな世代がチャンプルー、いろんな人が集える。
そんな、土場があるのです。

自分だけではできないことも、みんなとならできる。
そして、それは、自分に似た人だけではなく、
いろんな人がいることで、大きく広がるのだと思います。
何より、その方がずっと愉しい!

2008年も、
皆様、よろしくお願いします。


一年間の結びとして。
田んぼコミュニティ「ゆいまーる」 (ゆきんこ)
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by yuima-ru_tanbo | 2008-03-31 13:27 | 「ゆいまーる」にておもうこと